「古本屋奮闘記」は、古書展の話。
ご存知の方も多いと思いますが、中野書店は、東京古書会館でほぼ半年に1回開催された、アンダーグラウンド・ブックカフェこと「地下室の古書展」に参加していました。ちょうど6回目を終えたあたりで、そのことについて触れた文を見つけました。今回はそのお話。
「古本屋奮闘記」 第11話 「古書店」らすく
あいまいな記憶で恐縮だが、戦前の旧制中学を舞台にした鈴木清順の名作映画「けんかえれじい」の終わりがたに、「良志久」(あれ?羅志久だったっけ)という場面があった。豪快な喧嘩にあけくれる主人公・麒六こと高橋英樹が、校長室に呼び出されて説教を喰らうが、いつの間にやら話がずれて、あわや剣道自慢の校長と麒六が対決?というワン・シーン。その校長室の長押にかかっているのが「らしく」の扁額だった。学生は学生らしくあれというわけだ。舞台が東北なので「らすく」「らすく」を繰り返すのが可笑しい。この「らすく」、権威主義を笑いとばしているのだろうが、同時に若者らしく男らしく、という点では麒六も「らし」いとも言えるのだな。ラストは思いつめた表情で列車に乗る麒六。バックに流れるは、かの「昭和維新の歌」。はじめて耳にしたのもこの映画だったっけ。
さてさて、わたしはどうも厭なのだ、らしい。こっちの「らしい」というのは迷いがあるからくっつけた。なに齢五十(これは私の年の話)にして天命を知るどころか、公私ともにいっつも惑っている。なんだよ天命って。私たちは何をしたいんだろうね。あれ?いったい何の話をしてるんだっけ?
古書展の話である。うっかりアンケートに「古書展らしくなく」と筆をすべらしたら、「らしくねえ古書展って何なんだよ」と編集長に胸倉を摑まれた。「そんな大それたことじゃあ…」言葉を濁らせたが、「勘弁ならねえ、きりきりお白州で白状しやがれ」片肌ぬぎの遠山桜をちらつかされた。なので、ことは地下展である。本誌の読者は重々ご承知と思うが、アンダーグラウンド・ブックカフェこと「地下室の古書展」は、東京古書会館を舞台にほぼ半年おきに開催されるイベント満載の古本即売展である。昨年十月で六回が過ぎた。ついこないだ始めたとばかり思ってたけど、なんだもう六回過ぎちゃったのか。光陰矢のごとし。本にかこまれた中でのイベントも矢の如く行った。書物関係の展示が五回、映画上映二回、映画関係トークショー三回、文学系トークショー七回、コンサート一回、さらに毎回カフェ・ギャラリーや会場内で絵画、写真の展示、ワークショップ、雑貨販売。地下展オリジナル風呂敷の作成。もちろんカフェも皆勤賞。さまざまな方とご一緒させていただき、さまざまな方にお世話になった。おお!なんたる充実ぶり。わがことながら凄いじゃないか。誰も褒めないから自賛するのである。売上も大切だけど、古書をキーワードにどれだけ魅力のあるイベントができるか、どれだけ多くの人に来てもらえるかが、この「らしく」ない古書展の目的でもある。だから会場にはこうした新しさに敏感な若い知的な美しい女性の姿が目立つ。ふふふ。これも他には見られない地下展の特長なんだな。素晴らしい。このためにやってるといっても過言ではない。アベック姿もよく見かけるが、私はこのためにはやってはいない。ともかく会場は毎回古い本たちを背景に、イベントのるつぼになっている。ね、ね、「古書展らしく」ないでしょう?
各地で即売展は開催されているけど、こんなにおまけのたっぷりくっついた古書展は少ない(よね?)古本の方がおまけかも、という疑問の声すらある。むろん従来の古書展や古本屋のあり方を否定しようっていうのではないんだ。私自身、ああ本がいっぱいあるという場所は、それだけで大好きだ。他に何もなくて一日いても飽きない。ただこれは個人的な感傷かも知れないが、しばらくこの本がいっぱいある業界に身を置いてると居心地が良い場所ながら、同時にいつも小さなコップの中にいるという淡い閉塞感を覚える。「らしく」ないけど「らすく」ありたいのかな。私は「昭和維新の歌」では踊らない。そして「古本屋音頭」で踊るのもちょっといやだ。けれど「古本屋のワルツ」でなら踊ってもいいな、という感覚である。踊れないけど。(ちなみに「古本屋のワルツ」は地下展でコンサートをしてくれた銀星楽団のオリジナル曲。これを聞いてぜひやって欲しいとお願いしたんだ。「古本屋音頭」の方は…懇意の古本屋さんにお聞きください) うまく言えないけど、古本屋はこうあらねばならぬ、こうあるべきだ、には曖昧に「そうかもね」と答える。反論する気はない。けれど、どっちかといえば、古本屋だけどこんなことも、あんなこともできる筈だという試行錯誤の方が好きなんだな、今は。本に囲まれたなかでトークショーや映画。できればもう一度コンサート、そうそう落語もあっていい。まだまだ地下展も発展途上なのかな。可能性があるんだろうな。扱う本は旧くさいけどやはり私は若いな。
なあに偉そうにこんな原稿を書いているものの、イベントの大半はマナブ君こと西秋書店の二世がしゃにむに頑張っている。彼がいなければ上記の充実ぶりはなかった。また目録などのデザインは、かげろう文庫ご主人の妹さん、マユさんに全面依存である。他のメンバーもそれぞれ広報やイベントの陰に活躍しているが、特にこの二人のお名前を記して謝意を表しておこうっと。今後ともよろしくね。
ちなみに次回の「地下室の古書展 vol.7」は、六月四日(日)~六日(火)に開催。併催の展示会は「日本と世界の蔵書票展」。型染め蔵書票・制作実演、ワークショップ「けしゴム版画で蔵書票を作ろう」、座談会「蔵書票の楽しみ(仮)」が予定。地下でも各種イベントやワークショップ、午後六時半より日替わりトーク・イベントを開催。兎にも角にも乞う、ご来場!(「彷書月刊」二〇〇六年四月号掲載)
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